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1: ねこ名無し ★@\(^o^)/ 2015/02/02(月) 17:54:40.93 ID:???.net
「アキとカズ」第252話(挿絵・西口裕之)
「アキとカズ」第252話(挿絵・西口裕之)

 産経新聞の連載小説『アキとカズ』の舞台になっている樺太裁判(昭和50年、東京地裁に提訴)のデタラメぶり、特に証言に立った“職業的詐話師”吉田清治氏の「つくり話」によって、日本人の名誉がどん底まで貶(おとし)められてしまった話を前回書いた。

 「日本は戦時中、朝鮮人を強制連行し、苛酷な労働を強いた揚げ句、戦後は日本人だけがさっさと引き揚げ、4万3千人もの朝鮮人が置き去りにされた…」

 こうした事実ではないプロパガンダが裁判を主導する日本人の弁護士や革新政党、大学教授らによって煽(あお)りに煽られた結果、政治問題、外交問題化し、日本は責任もないのに、80億円もの「根拠なき支援」を余儀なくされたのだ。

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1: HONEY MILKφ ★@\(^o^)/ 2014/12/22(月) 10:20:03.51 ID:???.net
(キャプチャ)
あっ韓ニュース

※ 動画がソース元にあります
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
日本政府はこれまでサハリン強制徴用者に対して自発的に働きに来たと主張していました。

ところが、日本政府が強制徴用者たちを組織的に管理して、監視していた事を示す文書が初めて公開されました。

キム・ミヒ記者です。

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1: ニライカナイφ ★@\(^o^)/ 2014/10/13(月) 11:20:54.83 ID:???.net
強制徴用された朝鮮半島出身者の記念館 サハリンに建設へ
 
【ユジノサハリンスク聯合ニュース】ロシア極東サハリンで、日本による植民地時代に強制徴用された朝鮮半島出身者の過去と現在、未来を映し出す歴史記念館の建設が推進される。

 ロシア・サハリン州韓人協会など現地の四つの韓国系団体と地球村同胞連帯など韓国の二つの支援団体が11日(現地時間)、サハリン州都ユジノサハリンスクで、「2015年の(日本植民地支配からの)解放70周年記念と、同胞の福祉と教育のための『サハリン韓人歴史文化センター(仮称)』建設を共同推進することで同意した」として覚書を締結した。

 センターはユジノサハリンスク市内に建設される。強制徴用の実態と、解放後もサハリンに放置された同胞の哀歓や生活史を伝える歴史展示が中心となる。強制徴用の生存者向けの医療・福祉施設、図書館などの文化スペースも設けられる予定だ。

 これら団体は2015年下半期の着工を目標に、サハリンと韓国にそれぞれ推進委員会を立ち上げ、土地の確保、建設費の募金活動や支援策作りに乗り出す。

 朝鮮半島からサハリンへの強制徴用者は約4万3000人と推定される。約1000人とされる生存者を含め、その子孫ら約2万6000人が今も現地に暮らしている。

聯合ニュース 2014年10月13日(月)10:03
http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2014/10/13/0800000000AJP20141013000700882.HTML

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1: ニライカナイφ ★@\(^o^)/ 2014/09/22(月) 10:42:09.46 ID:???.net
 産経新聞の連載小説『アキとカズ』は、昭和34(1959)年8月13日、北朝鮮への帰国事業を正式決定する、日朝赤十字間の帰還協定がインド・カルカッタで調印されたころの東京に舞台を移している。

 現在の日朝協議で調査の対象となった、いわゆる日本人妻(夫)が最初に配偶者や子供とともに北へ渡ったのは今から55年前のことである。その数、約1800人。当時、20代だったとしても現在は70代、80代になっているはずだ。

 日本とは比べものにならない厳しい北の生活に耐え、生き抜いた日本人妻はいま、どれぐらいの方が残っているのだろうか? また今回、北朝鮮では日本人妻の子供や孫まで調査対象にされているというが、もし、子や孫までが「日本へ行きたい」と希望すれば、日本政府はすべてを受け入れるのだろうか? 

 ほとんどの日本人妻は親類縁者との関係がとっくに切れている。ならば政府が“背負い込む”覚悟や体制はあるのか? そもそも、その世代まで日本政府が面倒を見る必要かあるのか? 突っ込んだ議論が行われた気配はない。

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1: シャチ ★@\(^o^)/ 2014/09/14(日) 13:02:06.72 ID:???.net
サハリン残留韓国人は「4万3千人」の大ウソ

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「アキとカズ」第135話(挿絵・筑紫直弘)(写真:産経新聞)

 産経新聞の連載小説『アキとカズ』は、ついに双子の姉・アキが24年ぶりに樺太から祖国・日本へ帰国を果たす。ソ連(当時)からも日本政府からさえも忘れられた樺太の日本人の存在を知らしめ、固く閉じられた“鉄の扉”をこじ開けるきっかけとなったのは、アキがソ連の最高権力者・フルシチョフ宛てに打った一通の電報であった。

 このエピソードは大筋「実話」である。アキのモデルのひとりである堀江和子さん(平成19年、80歳で死去)が、やむにやまれず打った“捨て身の作戦”。

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1: くじら1号 ★@\(^o^)/ 2014/08/29(金) 14:23:50.95 ID:???.net
広報をするにはしたが、わざわざ熱心にはしない特異なことがあった。「ローキー戦略」だと言った。この用語の辞書での定義は「多くの耳目を集めないよう抑制された」だ。

25日に韓国内の報道機関にひとつの報道資料が配布された。日帝時代にサハリンに強制的に連行された後そこで死亡した韓国人18人の遺骨が28日に韓国に奉還されるという内容だった。資料を出したのは「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者など支援委員会」。政府所属委員会のうち最も長い名前を持つところだ。

資料が配布されたタイミングはサハリンの墓地で遺骨を発掘し火葬した後に遺骨とともに帰国する遺族18人が飛行機に乗り離れた直後だった。出国前の遺族への取材を時間差で封じたものだった。いくつかの放送局がサハリン行きの航空便を調べてみたがチケットを取ることができなかったという。委員会は活動成果を広く知らしめられる機会をこのように自ら蹴ってしまった。

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1: LingLing ★@\(^o^)/ 2014/07/13(日) 16:39:49.47 ID:???.net
80億円をドブに捨てた「サハリン(樺太)残留韓国人」への支援

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「アキとカズ」第81回(挿絵・筑紫直弘)(写真:産経新聞)

 産経新聞の連載小説「アキとカズ」は終戦後、樺太に残され、ソ連(当時)によって、故郷へ帰ることが許されなくなった人たちをモデルにしている。

 1990年前後から本格的に、政治問題、外交問題化した「サハリン(樺太)残留韓国人問題」を知っているだろうか?

 「戦争中、日本は『4万3千人』もの朝鮮人を樺太に『強制連行』して、炭鉱などで苛酷な労働に就かせ、終戦後は終戦後、日本人だけは樺太から引き揚げたのに、朝鮮人は『置き去り』にされた」として、当事者らが日本政府の責任を問うた問題である。

 もちろん事実ではない。とりわけ『』の部分は、悪質なウソである。

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1: ◆R4h0Z7oz/Geb @Whale Osugi ★@\(^o^)/ 2014/07/07(月) 17:46:47.19 ID:???.net
(14)記録に残る樺太の「朝鮮人経営の慰安所」

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「アキとカズ」第76回(挿絵・筑紫直弘)

 産経新聞連載小説「アキとカズ」のモデルの1人で、「サハリン(樺太)残留韓国人問題」に多大な功績を残した朴魯学(パク・ノハク)さんは、1988年に亡くなったが、戦争中から戦後にかけての詳細な日誌を残していた。

 昭和18(1943)年、日本統治下の朝鮮から、炭鉱の求人募集に応じて(断じて強制連行ではない)自ら樺太に渡った朴さんは、寄宿寮で生活しながら、樺太の炭鉱で働き始める。日誌によれば、炭鉱夫の仕事はとても厳しかったが、朝鮮での仕事の3倍近い高給をもらい、家族が朝鮮に家を建てられるぐらいの仕送りもできたという。

 朴さんは当時、樺太にあった「慰安所」についても詳しい記録を残している。それぞれの炭鉱近くには炭鉱夫相手の慰安所が必ずあり、「日本人向け」と「朝鮮人向け」に分かれていた。朝鮮人向けの慰安所は朝鮮人の業者が経営し、朝鮮人の酌婦(慰安婦)を置くのが常だった。

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1: これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw 2014/03/10(月)15:16:45 ID:qQUZaWtRc
  「日本は炭鉱で一日15時間ずつ死ぬほど苦労させても賃金さえまともにくれなかった…。ロシアは再び年金をくれるというから有難いだけ」。

  5日慶尚北道高霊郡(キョンサンブクド・コリョングン)の大昌(テチャン)養老院で会ったキム・ジョンダルさん(94)。24歳だった1944年11月に日帝に強制徴用されてサハリンのナイブチ炭鉱に連れて行かれた。翌年に解放されたが足止めをくらった。社会主義国家であった当時のソ連と国交が結ばれなかったためであった。

  キムさんは現地の女性と結婚して家庭を持った。「それでも祖国を忘れたことはなかった」という。ついにその機会が訪れた。1990年に韓国と当時のソ連間で国交が結ばれた。キムさんは93年末にパスポートを得て翌年、ほかのサハリン強制徴用被害者45人と共に韓国に戻った。家族は現地に置いてきた。徴用被害者のために用意された大昌養老院に身を寄せた。韓国で住民登録を出した彼らには「サハリン永久帰国者」という名前がついた。韓国国籍を得て住民登録まで受けた。永久帰国行の列はずっと続き、大昌養老院だけで150人も集まった。今はほとんど亡くなり25人だけが残っている状態だ。

  キムさんをはじめとする永久帰国者らは、すでにロシアで退職しており、韓国の国民年金のような年金を受けていた。韓国にきた後はほとんどの家族に年金が出ていた。だが、それはパスポート有効期間の5年が終わるまでだった。
no title
日帝強制占領期間にサハリン炭鉱に強制連行されて1994年に帰国したキム・ジョンダルさん。慶尚北道高霊郡(キョンサンブクド・コリョングン)の養老院でサハリン帰国者らと暮らしている。片方の目が開かないキムさんが、98年に有効期限が終わった旧ソ連のパスポートを見せて「ただ有難いだけ」と話した。

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1: 帰って来た仕事コナカッタ元声優φ ★ 2014/01/21(火) 20:27:44.33 ID:???
日本の植民地時代に強制徴用されたサハリン同胞の帰還事業が昨年末に終了しましたが、韓国政府は、希望者がさらにいるとして、日本政府に対し延長するよう求めました。

この帰還事業は、日本の植民地時代に強制徴用されてサハリンに移住した韓国人1世を永住帰国させるもので、韓国と日本政府の合意により両国の赤十字が担当して1990年から始まり、去年までにおよそ4200人が韓国に帰還しています。

この事業は、昨年末に終了しましたが、サハリンには、いまだに韓国への永住帰国を希望する韓国人1世が200人あまりいるということで、韓国政府としては事業を2015年まで延長するよう日本政府に要請し、「検討する」との回答があったということです。

事業の対象は、1945年8月15日以前にサハリンで生まれたり、住んでいたりした韓国人やその配偶者などで、これまでに帰還した同胞は、現在仁川(インチョン)やソウル郊外などに居住し、特別生計費、基礎老齢年金、医療給与などの支援を受けながら生活しています。

http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=48998&id=Po
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